詩人永瀬清子とは


(1906年~1995年)

生涯詩人であり続け、世間の人であり続けた人です。

清子は、誰もが尊重され何ものにも束縛されず

自分の人生を全うできる世の中であって欲しいとの願いを詩に託しました。

 

         幼年期

         青年期


         壮年期

         晩年期


                              写真提供:赤磐市教育委員会


詩人永瀬清子は明治39年岡山県に生まれ、現代詩の母と評される。

父親の転勤と夫の転勤に伴い、金沢、名古屋、、、東京へと転居。

昭和20年戦火を逃れて岡山県赤磐市の生家に帰り、農地改革でわずかに残された田畑で

初めての農業をしながらニ男ニ女を育てた。

 

処女詩集「グレンデルの母親」では敗者の母と無念と愛を謳い

「村にて」「苗」「鎌について」では農村に生き、農業に携わる生活者としての言葉を紡ぎ

「あけがたにくる人よ」(美智子皇后が英訳)では老いてなお瑞々しい感性が

多くの人を驚かせ、励ました。

またハンセン病患者の隔離施設のあった長島(岡山県瀬戸内市邑久町)へ

0年間詩作の指導に通い続け、そうした者でなければ書き得ない「癩について」を遺した。

また無名の宮沢賢治の遺稿から「雨ニモマケズ」を見つけ出したエピソードは有名。

最近では吉永小百合が「降りつむ」を特別な思いを持って朗読していることが報道された。

 

昭和27年に創刊した「黄薔薇―キバラ」は現在も縁深い詩人たちの手により発行されている。

 

 

 


                   撮影:小林一郎氏

「降りつむ」は1948年に出版された「美しい国」で発表したものです。

 

   降りつむ         永瀬清子

 

かなしみの国に雪が降りつむ

 かなしみを糧として生きよと雪が降りつむ
失いつくしたものの上に雪が降りつむ
その山河の上に
そのうすきシャツの上に
そのみなし子のみだれたる頭髪の上に
四方の潮騒いよよ高く雪が降りつむ
夜も昼もなく

長いかなしみの音楽のごとく
なきさけびの心を鎮めよと雪が降りつむ
ひよどりや狐の巣にこもるごとく
かなしみにこもれと
地に強い草の葉の冬を越すごとく
冬をこせよと
その下からやがてよき春の立ちあがれと雪が降りつむ
無限にふかい空からしずかにしずかに
非情のやさしさをもって雪が降りつむ
かなしみの国に雪が降りつむ。