永瀬清子詩集 1975発行 思潮社 

 

 私には多くの牡蠣殻が附着しだしたがなにそれは私の速力を遅ら

せはしない。そこで私はますますヘビーをかけるばかりだ。私は身

の不自由なあまり時々人に甘えすぎるのでいけない。甘えられた人

人の心がおしまいに判つてくる。私は何でも身一つで処置するやう

になるであらう。

 私が暑い汽車に子供をつれて乗ると、子供らは身を曲げて眠って

ゐる。子供らの汗の顔に煤がふりかかる。私はいつもハンケチを用

意してゐるが然しそれはすぐ汚れてしまふ。終夜見守ってゐるうち

に、私自身が誰に見守られずともよいと思ふやうになってくる。夏

は暑ければ暑いほどよい。九月が早く来ては困る。旅行が終つたや

うに九月に私はがつかりするのだ。物事を回想するばかりの気持は

実にいやだ。いまに私は三十にもなり、又五十までも生きるかも知

れない。その時もそんな気持ちはまつぴらだ。

 子供は腕を傷つけて三角巾を方から吊つてゐる。食事のたびに小

さい箸で口へはこんでやらねばならぬ。この角度からみると睫毛が

ながくみえるから、 いつもの きかぬ気が失せて しほらしく思はれ

る。家の中はくらいが外はカッと陽がしみいりガラスのやうに反射

してゐる。いまはくるしく気負つていることも、いつか懐しげに思

ひ出すかしら。 

 今日は又すばらしく大風が吹いて、きらびやかな外景がなほ激し

い色をしてゐた。洗つたばかりなのに、たくさんの髪の毛がぬけて 

それがやはらかにふわふわと櫛の歯いつぱいになびいてゐた。身一

つについたものを何でも後方の鮫に投げあたへながらすすんでゆく

やうな心持ちがする。