「廃墟はまだ冷えていない」

                         永瀬清子詩集   現代詩文庫1039   


      廃墟はまだ冷えていない。

     枯れぬドームの放つ濛気に

     再びあげかねるわが面

     河水に映る顔の焦げただれてはいないかと。

 

     (四次元の街ひろしまよ)

     血泥と瓦礫の悪夢を

     今もそのままただよわせーー

     このまぶしくきらめく建築の稜角の

     新しく夏来たると云うよろこびの音階にも

     かの阿鼻の叫びのまじるーー

 

     生きる肉体の粒子を

     いつの瞬間にか溶けると憂い

     蹠にふむのはまぼろしの膓

 

     (六次元の街ひろしまよ)

     消し飛び亡せる原子の距離は

     刻々に哭く恩愛の執着に三乗し四乗する。

     かがやく夏の白昼

     あの日の焰の眉近くせまるひと時を

     いくたびか眼にみせ又瓦壊させーー

     わがほそき生きのこぶしをふるい

     唾はきつけるとも

     かの丘にそば立てるABCCこそ

     屍の礎にそびえる阿修羅城。

 

     (永久に実らぬ想いの街ひろしまよ)

     大建築は光に立ち

     人々は生を美しく

     けれどもまだその河には閉じぬ眼球洗われ

     岸辺にはらんる哭き

     廃墟はいまだ冷えていない。

     かるくはばたいてその苔むしたドームに

     小鳥はささやくとも

     なだめんと河水は七色にめぐるともーー

 

                   ー広島訪問ー